こんばんわ。神在です。
10月ですね。いよいよメディアデーでユニフォーム姿の河村選手も見れましたね。
ウェンビーとCP3のツーショットも面白かったです。
しかし…本日は私もそうですが、1990年代からNBAを見ている方達にとって悲しい日となりました。
レジェンドのディケンベ・ムトンボ氏が脳腫瘍のため58歳の若さで永眠されました。
今のNBAファンの方もグローバルアカデミーなどNBAを世界に広めるため、また世界のバスケットのレベルを向上させるために尽力されていた姿を知っている方もいるのではないでしょうか。
本日は私が見てきて印象に残っているムトンボ選手について書きたいと思います。
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本名が長い!ディケンベ・ムトンボ略名だった。
海外の選手の名前はミドルネームがある選手がいるので、登録されている名前が本名とは限らず私はマイケルジョーダンの名前がマイケル・ジェフリー・ジョーダンと言うのをちょっとした雑学として小学生の頃に友達に自慢気に話していました。
しかし、当時兄が買っていたバスケの雑誌(確かダンクシュートだったと思います)にNBA雑学みないなコーナーがありそこにムトンボの本名が書いていました。長すぎて衝撃でしたが、NBAファンの友人たちとちゃんと言えるように覚えたのが彼に対して初めて興味を持った瞬間でした。
その名前は・・・・
ディケンベ・ムトンボ・ンポロンド・ムカンバ・ジャン・ジャック・ワムトンボ(Dikembe Mutombo Mpolondo Mukamba Jean Jacque Wamutombo)
長いですよね。。。。試験問題に名前書くのが嫌になるなぁ
当時イケイケのシアトルからアップセット!
私がすごくNBAのプレーオフを見ていた1994年。当時はBSでしか試合を見ることができなかったのですが日曜日に地上波で「NBAウィークリー」という1週間のハイライトを流してくれる番組があり、プレーオフの全試合の流れを把握することができていました。
そこで1位シードのシアトルスーパーソニックが8位のデンバーナゲッツと対戦しました。
当時のシアトルはショーン・ケンプにゲイリー・ペイトンの若いコンビが勢いにのってカンファレンス1位に。この年はイーストもシャックとペニーと若いチームがリーグを盛り上げていたのでジョーダン引退後の時代の変換期にあたる年でした。
まだこの年は1stラウンドは3勝先勝すると勝ち抜けでした。ケンプなどのシュートをことごとくブロックしたり、ロバートパックの活躍などあり1位チームを8位チームが初めて破るというアップセットの立役者となりました。勝利後コートに寝そべってボールをもって泣きながら喜ぶムトンボの表情は忘れられません。
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ジョーダンが新人ムトンボを挑発。有名な目を閉じてのフリースロー
マイケルジョーダンが目を閉じてフリースローを決めた映像を見たことがある人は多いのではないでしょうか。あれはマイケルが当時新人のムトンボにトラッシュトークしたからこそ起こった出来事でした。映像をみるとムトンボが何かマイケルに言った様子ですが、何を言ったかは分かりませんがマイケルは「ヘイ、ムトンボ。これはお前のために打つよ、ベイビー」と言って目を瞑りフリースローを決めました。
これは有名なシュートですが、ムトンボが相手とは最近のファンは知らなかったんではないでしょうか。マイケルが新人にこういった挑発をするなんて、マイケルはムトンボを認めていたんですね。
2度目のスリーピート時もプレーオフで当時ホークスに在籍していたムトンボに対してダンクを決めて、ムトンボのように人差し指を横に振ってテクニカルを取られたり、実はマイケル対ムトンボは1990年代の名勝負でした。
アイバーソンの相棒として念願のファイナル進出
当時アレン・アイバーソンは2000年代を象徴するプレーヤーとなり、今後リングが取れる選手になるかが注目でした。ムトンボは当時ホークスにいましたがシーズンのトレード期限ぎりぎりにシクサーズへトレード。当時怪我がちだったセオ・ラトリフ、トニー・クーコッチ、ナジー・モハメドと引き換えにムトンボを獲得し、AIの攻撃力とムトンボの守備力がかみ合い56勝26敗で東地区首位に立った。このシーズンは得点王になったアイバーソンがMVP、ムトンボが最優秀守備選手、シックスマン賞も76ersのアーロン・マッキーとなりその勢いのままプレーオフに挑みました。
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ラプターズでヴィンス・カーター、バックスではレイ・アレン、サム・キャセール、グレン・ロビンソンのBIG3を破って念願のファイナルへ出場しました。残念ながら当時絶頂期を迎えるコビー&シャックのレイカーズに敗北しましたが、トレード後すぐにチームに馴染んだムトンボのおかげで躍進したといってもいいくらいこの年の76ersは輝いていました。
私が印象的なムトンボの思い出ですが、引退後世界を回ってバスケットボールとNBAの普及活動をしていたのも尊敬していました。コビーにムトンボ、世界にバスケットボールのすばらしさを広めてくれたレジェンド、天国で二人でファイナルの思い出話でもしてほしいものです。
ディケンベ・ムトンボ選手、今までありがとうございました。安らかにお眠りください。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
本日はムトンボについての追悼ブログでした。
次回からは新シーズンに向けて色々調べていきますね。また会いましょう。
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